ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

懐かしい明日を求める気持ち

引っ越し早々、としおが初の海外出張。
それに合わせて、私は1年ぶりに帰省しようと思う。夏に帰るのは何年ぶりだろう?留学の直前が最後だったのでは?と思うので、8年ぶり。


夏休みなのに、普段より早起きしてラジオ体操に行かねばならなかった小学生時代を思い出す。眠い目をこすり、憂鬱だったはずなのに、8時頃まで友達と公園で遊び、さらにその1時間後には家で遊ぶ約束をして帰るものだから、親に怒られた。そんな、遊び尽くした日々が遠く、懐かしい。


毎日が24時間じゃ足りないらしい我が娘。私はどうかというと、早く10年経ってしまえば良いのに、と自分の人生のネタバレまで求めている。今より辛いことをいったいいくつ乗り越えなければならないのだろうって、そればかり考える。私は怖くてたまらない。


かつて読んだ本を読み返すなんて、時間がもったいないと思ってきたのに、夜更かしして、布団が名残惜しいほど夢中になって読んでいる。


名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

名前探しの放課後(上) (講談社文庫)

名前探しの放課後(下) (講談社文庫)

名前探しの放課後(下) (講談社文庫)


結末を知っている安心感を得たいのだ。煩わしいと思っていたアンパンマンがそばにいると落ち着く心理。


もう独りでは生きていけそうにないけど、人間ってどこまでも独りなんだなあと痛感する今日この頃。

僕が僕であるために。

1週間フレンズ。の続編見たさから律儀に集めている単行本。

今回も桐生くんは登場しないのだけれど、それでも、ほんの数ページの続編は面白くて、何度も繰り返し読む。

ネタバレを探しても全然見つからず、発売日から2日経ってようやく手元に届いたこちら。



今回は九条くんのお話でした。
長谷くんが出ないのも、九条くんだけがこんなにピックアップされるのも初めてな感じで、それからコーヒーが美味しそうなのも良かった!

次は桐生くんが主役なお話がいいなぁ。


さて、肝心の本編は…登場人物になかなか興味や共感が持てず、むしろこちらがおまけ感覚で読んでいます。

1週間フレンズ。よりも、ゆっくり話が進んでいる感じで、まだ回収されない伏線が盛りだくさんなのに、展開を予想して楽しむという娯楽に至らない。

歩と駿、主人公ってどっちだっけ?から毎回始まる。主人公のメガネくんより、歩が気になるけど、そこに土足でズケズケ入って行きたくなるほどの関心も持てない。

1週間フレンズ。とリンクさせて、本編に出てきてくれないかなぁと期待。

1週間フレンズ。の続編はまだまだ続いてほしいから応援します。

辻村深月『水底フェスタ』

何が本当の悪で、何が善なのか、正しい正義感を持った人間は誰なのか、そして、それを決めるのは誰なのか。

折り返し地点辺りで身震いした。村社会の影、こんな話って、実際にあるのだろうか。登場人物ひとりひとりが怖いのだ。人当たり良い人間も、子どもも、みんな。


水底フェスタ (文春文庫)

水底フェスタ (文春文庫)


悪い奴だと思っていた奴が実は良い人で、ずっと信頼していた人が絶対悪を覆す。

こんなとき、誰に助けを求めればその悪は退治されるの?

宮部みゆきの『火車』を読んだときのもどかしさと、いつか見たコナンの映画を思い出すような結末。


火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)



読書で夜更かし。
少しずつ日常を取り戻している証拠。

辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』

日常を取り戻すために必要だったこと。

私にとって、それは、辻村深月の作品を読むことだった。


今回読んだのはこちら。



友達でも恋人でもない、ただのクラスメイト同士だった男女が、殺人の被害者と加害者になるべくシナリオを作る。一言で表すと、中二病のお話。

複雑に見えて単純な、異常に見えるのに人並みな中学二年生の心の動き。

『ぼくのメジャースプーン』では、動物殺しが器物破損という罪にしかならないことを書いていた作者が、動物を殺す側の視点で作品を書いていることにも驚いた。

死んでみたい、殺してみたい、そんな物騒な思い同士が出会った結末は…


スロウハイツの神様』の、チヨダ・コーキと赤羽環のラストを思い出すような、後味爽やかな作品。


また、本棚に置きたい本が1冊増えた。


引っ越しから1週間。
辛いこともあり、食欲不振で、出産直後みたいにお腹が萎んでしまったし、お友達のありがたみに気づかされ、寂しくて胸が締め付けられて、私はとても小さくなってしまった気分だ。

今まで当たり前だったものがなくなって、煩わしかったものでさえ、失った状態が不安で、何にもすがりつけないことが怖かった。

単刀直入に言うと、隣のばばあの性格が悪くて心がポキッといってしまったという話なのだけれど、

近所の優しいおじいちゃんおばあちゃんに支えられて、どうにか生きていけそうです。


思いがけない人が自分の支えになってくれるときもある。クラスメイトAやBでしかなかった人が、いつの間にか電話をかけたい人になっていたり、その人からの電話を心待ちにしていたり…

良き出会いもあれば、嬉しくなかった出会いもあるけれど、めげずに図太く生きることを選んでいったほうが良い。

夢中になって読める本を探して、その世界でうずくまっていたっていい。

そこから帰ってくれば、時は流れて、少しは前に進めるはずだから。


辻村作品が私を日常に戻してくれた話。

日常のない日々

引っ越し3日目。

これからの生活がどんなものになっていくのか、まったく想像できない。

時間の感覚がまったくなくて、いつの間にか夜がきて、朝が来る。

ほっと一息つけるのは夜。
昼はなんだか落ち着かない。

引っ越しって、どこにも行っても最初はそんなものだったよね?と自分に言い聞かせ、実際に声を出しながらなんとかやっている。

旦那の両親が帰ってしまって、私はとても寂しい。

明日からしばらく娘とふたりきり。
元気を振り絞って、3日ほどやりきれるか?


友達がいなくてつらいのは私だけ。
娘は幸い、とても気に入っているようだ。

新しいおうちがいい!帰らない!

まだ、これからずっと留まる新しいおうちが非日常のままなんだろうけど。


私は、というと、旦那が今の家を気に入っているうちは良いと思っている。この人が満足して、今までの暮らしより幸せだと思っていてくれるならそれでいい。

私らしくない感情?でも心からそう思う。

大きな家に暮らしていると、家族の存在もよりいっそう大きくなる。大事に思う気持ちが大きくなる。


不満は言わない。

まだごみ屋敷、いつかは都

引っ越し完了。

まともな環境が整うまでに、一体何日かかるのか…
持つべきものは旦那の両親。本当にありがたくて、あと10日くらい同居したい気持ち。

なやみどころは近所の飼い猫とごみの分別。
ごみがいつまで経ってもなくなる気がしないのと、食洗機を使いこなせるのはいつかなぁとか、気が遠くなっている。

今までが狭すぎたのだけれど、こんな広い家に3人で住むというのがピンと来ない。

広すぎて落ち着かないし、段ボールの整理で毎日が終わっていたら、掃除がおろそかになってあっという間に汚くなってしまいそう。

そんなプレッシャーに潰されそうになりながらも、まあきっと住めば都。

朝の5時に自然と目覚める生活が1番いい。

無責任に生きる

200円くらいにしかならないと思っていた冷蔵庫が5000円で売れた。

買ったときは30000円。2年間使った。
処分していたら5000円くらい払わなければならなかったのに。

としおの執念に感謝。


引き出物のグラスは、売りに行く時間がもったいないので結局箱に詰めた。あぁ、リサイクルショップが徒歩圏にないから、一生処分できないことになる。遠くに売りに行けば間違いなく交通費やガソリン代の方が高い。もらいものって難しい。

自分の選択だけで生きていけるのなら、責任転嫁なんてしないのに、「要らない」とか「迷惑」とか言えないし、言える相手に限って言っても聞かないからたちが悪い。


よく娘に言うのは、「自分がやりたいことをやるのはお手伝いではなくお節介。相手がやってほしいことをやるのがお手伝い。前者では誰のことも救えないどころか、嫌な気持ちにさせるよ。」


不思議なことに、歳をとればとるほど、人間はお節介になっていく。子どもを育てたり、会社など自分の属する組織のために働いたり、そんなあらゆる責任がなくなり、無責任に生きることが許されると、人は自分のためという事実に自らヴェールをかけて偽善者になっていく。


無責任に誰かを愛することは楽しいだろう。好かれるために一生懸命尽くし、自分を良い人だと思い込むのは爽快だろう。


疎まれようが嫌われようが変わることのない頑固さと図太さが羨ましい。


責任から解放されたら、私もそんなふうになれるだろうか。なりたいような、なりたくないような。


でも、すごく、幸せそうで羨ましい。