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ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

灰谷健次郎『天の瞳 最終話』に対する私の思い

灰谷健次郎の『天の瞳』は未完である。

彼が亡くなった後に見つかった原稿を本にしたのがこちら。

あぁ、もっと長生きして、最後まで書きたかっただろうなぁ…そして、こちらも最後まで読みたかった…倫ちゃんもミツルも出てこない。
青ポン、タモツ、青ポンのじじいのお話。
しかも、お話の途中だった。

私は、それでも、いつかこの作品を娘に薦める。

私には、この作品と出会い、読んだ責任がある。
灰谷さんが書けなかった物語の続きを、現実で完結させる責任があると思うのだ。
ひとりの大人として、親として。

何事も、自分事として捉え、感じようとすること。

『罪にならないようにするために、私たちに何ができますか?』という問いに応えるため、共に行動すること。

私の娘は1歳10ヶ月。
絵の具遊びを通して、色の名前を覚え、こだわりが出てきました。
『お弁当箱、何色がいい?』
『赤!』

『ビート板何色?』
『青!』

『浮き輪は青にしよう!』
『だいだい!』

私は、自分の娘の個性が好きです。

じっとしているより走り回る方が好きだと思っていたのに、しっかり座って熱心に英語の歌を聴いていたり、

恥ずかしがり屋で友達の輪に入っていくタイプではないと思っていたのに、泣いているお友達に近寄って、声をかけてあげようとしたり、

実の親でもわからないこと、計り知れない可能性を持っている小さな我が子を毎日見ていると、親になることの難しさを痛感するのです。

自分の想像の域をどんどんはみ出していく子どもを追いかけるのに必死で、息切れして怒ってしまう。
自分の身勝手さに嫌悪しながら生きている私は、娘に与えるものより与えられるものの方が多いのです。

灰谷さんの言葉のなかに、『子どもを通して学んできた』というのがありましたが、私も人生のなかで、こんなにも何かを学んだことはありませんでした。

『モラルを超えた』家族だとしても、私は、子どもから学んだこと以上のことを、子どもに還元したい。そのために大事なことは、もっともっとたくさんの人と繋がっていくことだと思う。

私は、灰谷さんが遺した思いを心に刻んで、深い人間になりたい。

灰谷健次郎の『天の瞳』を読んで思うこと

こんばんは☆母ブロガーKoriです。
灰谷健次郎の『天の瞳』は母として、大人としての私のバイブル。
でも、胸がいっぱいになりすぎて、考えがまとまらないというか、本音と理想のギャップを埋めるのが難しいなぁと思うのです。

純粋に、高揚している気持ちを書き連ねていきたいと思います。


1. 小瀬倫太郎のような子どもを育てたいという本音

感受性豊かで、誰に対しても自分の考えをはっきり述べる。

おかしいと思うことにはおかしいと指摘し、とことん闘う。

人との繋がりをどんどん広げ、大切にし、そこから多くのことを学んでいる。

嫌いな人、敵対する人間のことも切らず、徹底的に向き合う。そして、相手を変えていく。

学校以外の場でもたくさんのことを学んでいる。料理もできるし、本もたくさん読んでいるし、少林寺拳法も強い。

単刀直入に言えば、すごくカッコいい、最高に良い男です。

私は、こんな子どもを育てたい、自分の子どもにこんなふうになってほしいと思いました。

それと同時に、この思想は危険だなぁとも思います。

私の娘、みーみーは、小瀬倫太郎ではない。
彼女には、彼女の人生があって、彼女が自身の責任で作っていくものだから。

でも、いつか、倫ちゃんみたいな彼氏をうちに連れてきて‼と笑い話をしたい。
娘にぜひぜひ読んで欲しい、出会ってほしい本です。
小学校高学年までに読み聞かせでも、自分で読むのでも良いから、これだけは絶対に薦めます。

倫ちゃんと出会って、私は、これから娘の成長を見ていくこと、誰かの親として、自分自身も試行錯誤しながら成長できることが楽しみになりました。

倫ちゃんはどんな大人になるんだろう?
どんな人と恋をして、結婚して、親になるんだろう?
先の成長をもっともっと読みたかった‼


2. 倫太郎のじいちゃんのような人間になって子どもと接したいという理想と、この人に出会いたかったという本音

倫太郎を倫太郎にしたのは倫太郎のじいちゃん。
亡くなってもなお、倫太郎の心の仲で生き続ける。

とても偉大な方です。
子どもにとって、こんな存在が身近にいたら、とても幸せでしょう。

私は、この人のようになりたいというより、この人に出会いたかったなぁと思ってしまいます。

目標にするのも畏れ多く、憧れるとか尊敬するという表現は何だか軽薄。

私は、仕事をしたい、仕事を通して出会った人を幸せにしたいと思えるようになりました。

好き嫌いで人を分けない、誰からでも、どんなものからでも学べる。
この言葉を呪文のように唱えながら毎日踏ん張って生きています。


3. なんでも学校をつくる

生徒に点数をつける学校教育とは違う、生きるための教育、大人も子どもも最高に面白い授業をやりたい!自宅で‼

たまにはフィールドワークも良いし、ゲストスピーカーもジャンジャン呼んで学びを深めたいけれど、自分自身が面白いことをやりたい。それが今の私の目標です。

「みーみーの人生を最高に面白くしてやろうよ!」

私はとしおに言いました。
としおはちょっとポカン…なんのこっちゃですが、私は絶対にやりますよ!


4. 仮面夫婦でもいいんじゃない?夫婦のかたちって色々あっていいと思う。

倫太郎の両親の関係はちょっと複雑。
母親の仕事はどんどん軌道に乗っていくのに、父親は自分で立ち上げた出版社がうまくいかなくてピリピリ。

家族みんな、並んで…
家族ひとりひとりそれぞれ…

私は、後者の家族関係でいたい。
それでいいんだと思う。

倫太郎の親友、ミツルの両親は、それぞれに愛人を持ちながらも婚姻関係を続け同居している。
それでもお互いさっぱり、子どもにも受け入れられている不思議さ。

私もそれでいいや~(笑)


天の瞳を読んだら、生き方が変わります。

教師にはかなり辛口で、これを読んだら私の中に学校の先生という選択肢はなくなってしまうけれど…

理想論、きれいごとだと言って片付けたくなる気持ちも痛いほどよくわかるんです。
でも、そうは思いたくない、そう思わない人間になりたいなと思わせてくれる。

自分の頭で考えて、手と足を動かして、私は「仕事」をする。

Mar.10th 2017

I got angry to my daughter so much. I scold her when she makes the same mistake again and again, or she does not stop doing what I do not want her to do. However, I love her so much and I think she is very cute. I always hug her tight.

Mar.9th 2017

My daughter asked me to let her go to the hospital because she had a pain on her finger. So we go to see a doctor and got a medicine.
She was still afraid of getting into a bath tab. However, she finally did it. She was given a lot of cheers by her friends. She was courage.

春の訪れを感じながら誇りに思うこと

梅の花が咲きました。
金色の陽射しに、緑が射し込みます。
つくしが土から顔を出しました。

小さな自然の変化に感動する毎日。

私は誇りに思う。

ベビーカーに乗りながらも、
いつも通る道すがら、猫の寝床をチェックする娘。
いないなぁ。
いたぁ!

気に留めたことなど全くなかったはずの
古いトタンの一軒家に目を向けるようになったのはいつからだっただろう?

大きな庭に、ひまわりの風車がある家も娘のお気に入りだ。
道をちゃんと覚えている。
あっち!あっち!
私が違う方へ行くと指摘する。
そのくるくるが見たくて、眠い目を一生懸命開けている帰り道。

私が誇りに思うのは、
娘が、外に目を向けていること。
面白いものを探し求めて、自分の力で感動を得ていること。

当たり前のように、ベビーカーにいっぱいぶら下がったおもちゃで遊んだり、
タブレットスマホを慣れた手でいじっていたり、
そんな子どもがいっぱいいるけれど、

私は自分の娘が「そんな子ども」でないことを幸せに思う。

神様に感謝して、ありのままの娘を受け止める。
こんな姿勢で育児できることを誇りに思う。

Mar.8th 2017

I had kept a diary every night, but I fell asleep before writing it last night. When I woke up, the date had already changed. I was shocked.
I am concentrating on reading books, and forget to take a rest. I am tired.

ママ友付き合いで学んだこと

こんばんは☆母ブロガーKoriです。
昨日は娘より先に寝てしまい、初めてブログの更新ができませんでした。

さて、色々ありましたが、
第1回ママ友ランチ会終わりました。

なんのわだかまりもなく、
楽しくすっきり終わりました。

正直モヤモヤして、嫌だなぁと思ってしまっていたママさんとも、「また会おう」と約束して帰ってきました。

私はそんなふうに声をかけてもらえて嬉しかったし、心から「はい!」と言って別れました。

自分でもびっくりです。

私は今回のママ友ランチで、ひとつ成長できたと思っています。

些細なことで他人を悪く言っていた自分が情けなく、心がチクリと痛みました。

どんな人と付き合うにせよ、1番大事なことは、「私はこう思うけど、あなたはどう思う?」というコミュニケーション。

あなたはどう思う?ばかりで自分の意見を言わない人がすごく多いんです。

合わせることが礼儀だと思っている人が多いのかなぁ?

でも、自分はこう思うんだけど…を言うことで、相手は気が楽になります。

自分の考えだけで物事を進めなければいけないときの方が大変だと思いませんか?

任せるよ、と言われたのに、実際やってみると後からケチをつけられたり、悪口を言われたり、今更何なの?っていう経験がある人も少なくないでしょう。

だから、誰かに何かを任せるとき、自分も手伝いたいと思うなら、意見を言うのが1番の手助けです。

今回の場合は、紙皿の件。
私は当然用意するものと思っていましたが、要らないとひとりのママさんが言いました。
でも、実際に持っていくと、みんな喜んで使いました。私以外には、紙皿買おうよと提案した人はいなかったのに。

お菓子はやっぱりあんまり食べませんでした。
子どもを見ながらだとゆっくり食べられないし、会費を払うとはいえ、ガツガツ食べるのも…と遠慮ぎみで。
食べないのも買ってきてくれた方に失礼ですが、ね。
デザートを個人的に買ってきてくれたママさんがいて、ひとりひとりにちょっと良い感じの甘いお菓子が渡って、それはみんな喜んでおいしく食べました。

遠慮の文化ってもったいないなぁ。
最初からお互いに言いたいこと言い合っていれば、無駄も不満も生まれないのに。
モヤは些細なところから生まれるわけで、その些細なことって、ちょっとつついても大きなわだかまりになることはないだろうに。

自分はこう思うけど、他の人はどうなんだろう…
今回の回で、自分の価値観のすべてが正しいわけではないと学んだ。
学ばせてくれたのは、モヤっとさせてくれたママ友さん。

嫌だなぁと思ったら付き合わない。
嫌だなぁと思いつつもどうにかやっていく。

そのどちらでもない。
嫌だなぁと1度は思ってしまったけれど、最後まで向き合えた。
それが、私にとって自信になった。

ママ友付き合い、良い勉強になりました。