panda life

白も黒もどちらも私。20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。

懐かしさの先にあるものは?

懐かしい風景が見たくて、気まぐれで母校へやって来た。

土曜日だから?にしてもあまりに閑散としているということは、もしかして、授業がないのか?

電車に乗りたいというみーみーを抱いてやってきたけれど、寝てしまった。騒がしい風を避けるべく、屋内のベンチに座り、ひとり物思いに耽るタイムだ。


今日は朝から怒りすぎてしまった気がする。

身体が痛いのに抱っこをせがまれる、嫌だと言っても聞いてくれない。

葉物野菜を嫌って食べない。
欲しいものばかり要求する。

触ってはいけないと教えたものを触ろうとする。

歯磨きをしない。口をすぼめてねがえり攻撃。


やるべきことをやらないとき、

他人の嫌がることをするとき、

交通ルールを破ったとき、

危ないことをしたとき、

私が怒るのは主にこの4つのどれかをやったときだ。


みーみーは、
外ではあまり悪いことをしないのだけれど、

例えば
お店のものを勝手に触ったり、
買ってと駄々をこねたり、
友達のものをとったり、

私以外の人間に迷惑をかけてはいけないことはよくわかっている。

でも、欲求不満が重なってしまうと怒られるポイントを踏んでしまう。

抱っこして!と
横断歩道の真ん中で座り込もうとしたり、

いざ
抱っこするとやっぱり歩くと言って降りようとしたり、

歯磨きすると言ったくせにやっぱり逃げて、嘘つきになったり…

まだまだそんな、彼女の寄り道に気長に付き合う器ができていない母です。


葉物野菜、どうしてそんなに食べたくないんだろう?何もかけなくてもムシャムシャ食べられる私は、どうしたら食べられるのかわからない。

ゴマをかけてみた。
ゴマだけ拾って食べる。

ごま油をかけてみた。
おいしくない、嫌い、要らない。

塩でもふれば食べるかな?
でも、そうまでして食べさせる必要があるのか?

葉っぱを食べるまではいちごもトマトもあげないし、相手にもしないよ!と1歳児にはキツすぎるかもしれないことを言って、別室に籠りながら考えた。

今って確か、学校給食で嫌いなものを無理矢理食べさせるのも体罰って言われるんだっけ?

そうじゃなくても、私はやり過ぎかもしれないなぁ。

自分からおいしいって食べられるように工夫するのが親のつとめじゃない?


うーん…私はどうしてここに来たのだろう?

来た意味は、収穫はあったかな?
本当なら少し外を歩かせて散歩できたらなぁと思っていたけれど寝ているし…

変わらないもの、変わったもの、半々くらいかな?
でも、
あれ?前はどうだったかなぁ?って思い出せないこともたくさんあって…

共に過ごした人が、誰ひとりとして残っていないこの場所は、以前私が通っていた場所とは全くの別物だ。

懐かしさを求めた訪問は無駄なのかもしれない。
今日唯一の学びはそれだけだ。


曇り空のせいかな…今日はなんか、寂しいな。

帰りの電車でゆっくり眠れば、少しは元気が出るかな?


そんなふうに、30分くらいぼんやりしていたら、
失礼承知で突然連絡した友達が、会いに来てくれた。

そういえば、こんなふうにふたりだけで話すのってすごく久しぶりじゃない?

本当に、学生時代以来かなぁ。

連絡してふたりで会うのは初めてかもしれない。

入学した年から10年。

変わらないようで、私達はみんな少しずつ変わっているのだと思う。

20代最後の年というのは、人生のなかでも1番迷う時期なのかもしれない。


迷ってたどり着く先に何があるのか、
何があってほしいのか、

懐かしい場所に戻って、1度立ち止まると、

「ここ」じゃないというのがよくわかる。

ここから、どこへ?

悩み尽くそう。

レゴランドに行ってきた☆

最近別居が板についてきてしまった。

場所見知りがひどくて、夜泣きをやめない子だったみーみーも、わが家以上にすんなり眠るようになってきた。


今日はお台場のレゴランドに行って来ました。

私と妹とみーみーの3人で。

まずは、

贅沢なビュッフェで、調子に乗ってビーフカレーにビーフシチューに、分厚いトロトロ肉をたくさん食べて、ブイヤベースと焼そばと、それからチョコレートアイスにプリン、レアチーズのムース…

夜ご飯がほとんど食べられないくらい食べ尽くして、ぶよぶよのお腹をつまみながら後悔。


混んで並ぶ前に昼食を済ませて、
それからレゴランドに入って、入り口で記念撮影。

なかなか楽しいぞ♪

みーみーより、私と妹の方が興奮。

レゴがどんなプロセスで作られるのかサッと理解できる展示が最初にあって、

そのあとは、乗り物に乗ってシューティングゲーム

館内が暗くて、音にびっくりして、
みーみーはビビっていました。

でも、泣くに泣けず、我慢して私にしがみつく(笑)

1番面白かったのは、レゴで作られた東京のジオラマ

スカイツリー、東京タワー、フジテレビ、渋谷、浅草、両国…
夜のライトアップから昼の姿まで、もう何時間でも飽きることなく見ていられそうでした。

みーみーはそうでもなかったかな?

4Dのムービーには大泣き。
怖いーって。

楽しんでいたのはボールのエリアと滑り台。
まだ、レゴの組み立ては上手にできなくて楽しめない。

外国人率が高く、日本人の私達がむしろマイノリティのような不思議な感じ。

平日だからか、あまり混んではいませんでした。


滞在時間約2時間。

結論。
大人は思いの外楽しめる。
でも、1歳11ヶ月、女の子は少々不完全燃焼。
5歳前後だったら楽しめたかも。

90センチ未満の子どもが乗れない乗り物に乗りたかった私と妹。

自分より大きい子どもが全力で遊ぶのを怖がってしまうみーみーにはちょっと難しかったかな。

リピートはないかな?


コナンの映画を見ながらブログを書いているわけですが、哀ちゃんのワンピースがすごく可愛くてときめいています。

昔はコナンと哀ちゃんがくっついてほしいと思っていて、蘭姉ちゃんは疎ましかったのだけれど、
今は、蘭って強いし良い子だよなぁ…って思う。

あぁ、まだお腹がすかないなんて…

娘につけたかったけれどダンナに却下された名前を紹介します。

子どもに名前をつけるとき、皆さんはどんなことを考えますか?

私は、男の子だったら、『豊』か『聡』にしようって、中学生の頃から決めていました。

尾崎豊妻夫木聡が好きだから、それだけです。

誰でも読める、
誰が見ても変だと言わない思わない、
そんな名前であれば堂々と生きていける。

親の期待が詰まりすぎた名前よりずっと自由に伸び伸びと生きていけるはず。

だから、好きな芸能人の名前をつけても良いでしょ?

それが私の意見。

としおに「豊と聡どっちがいい?」って訊いたら

「豊」

と言ったので、

男の子の名前は一瞬で決まりました。


ところがどっこい。

女の子の名前はどういうわけか、かなりもめました。

ふたり合わせておそらく100近く候補を出し、
ふたりともOKを出した名前は3つだけ。

としおと私共通の条件は以下のふたつ。

1.どこに出しても恥ずかしくない「普通」の名前

2.苗字が2文字だから、響きを考慮して3文字の名前


衝突した意見は以下のふたつ。

1.画数を気にするとしおと、気にしない私。

女の子は結婚したら大抵苗字変わるんだから、今の名前が良くても意味ないでしょ。
むしろ嫁に行って幸薄くなったら残念だから少し悪いくらいがちょうどいい。


2.ひらがなの名前がお気に入りの私と、漢字がないのは可哀想と主張するとしお。

名前の意味なんて、後から自分でどんどん作っていけばいい。想像の幅もあるし、そのときの気持ちや目標によって心のなかで当て字を変えていけたら楽しいじゃないか、と私は思っていた。


そう、私はひらがな3文字の名前をつけたかったのです。

例えば、

さきちゃん。

凪のあすから』で初めて出会った名前だけれど、
なんて可愛い名前なんだろうと名前にひとめぼれ。

ひらがなが嫌なら千咲でも知咲でも智咲でもいい。

しかし、われわれの苗字との相性がどうも悪い。フルネームで発音するとすごく言いにくくて、響きがきれいじゃない。

お互い納得した上で却下。


それから、

あかりちゃん。

こちらは凪あすの影響ではなくて、3月のライオンかな?

闇を照らす星明かり、月明かり。

星や月を見るのが好きな私は、この名前がすごく好きでした。

としお「ひらがな好きだねぇ…」

スルーそして却下。

でも、最近人気がある名前なのか、あかりちゃんってその辺にゴロゴロいるので、今思えば、まあ外しておいてよかったかなぁと思います。


みゆきちゃん。

この名前は、響きに関してはふたりともOK。
でも、ひらがな反対論を持つとしおが、美雪なら良いとか言い出した。
5月生まれなのに雪とか意味わからんし。


奈々子ちゃん。

子がつく名前好きー。
吉野弘の『奈々子に』という詩が好きなのでそこからとってみた。

却下。


結局、
賢そうな名前にしようと決めて、色々出し合い3つに絞り、そのなかならこれがいいと選んだのが今の名前。

照れ隠しにざっくり名前の由来を言うならば、

われわれ両親はそんなにスペックも高くないので、子どもに多くを期待するのはおこがましい。
女の子は、ある程度可愛ければ、多少不器用だったりお馬鹿ちゃんでも拾ってもらってなんとか生きていけるだろうけど、

でも、お馬鹿ちゃんはやっぱり嫌だな。
お勉強くらいはできるようになってほしい。

そんな気持ちから選んだ名前です。

もっと真面目に、
期待ではなく願いを込めて言うならば、

自分の気持ちだけでなく、
他人の心の声も、
自然の音も、
目に見えないものの存在も、

耳も、目も、心も澄ませて感じられる子になってほしい。

そして、たくさんのものを吸収して、
自分を愛し、みんなを愛し、
優しさや幸せに包まれながら生きてほしい。

そんな願いを込めることができると思う、

大好きな漢字の1つを当ててつけた名前は、

読み方は馴染みやすく「普通」だけれど、
一目置いてもらえる名前です。

好きな作家さんにサインをもらいに行ったとき、娘の名前もお願いしたら、「ああ良い名前だね」と言ってもらえて私はとても嬉しかった。

もし、ふたりめが女の子なら、「あすな」ってつけたいです。ソードアートオンラインの明日奈ではなく、『名前探しの放課後』のあすな。

まあ、仮面夫婦にふたりめの子どもはないのですが、素敵な名前ってこの世にたくさんあるなぁと名前探しをしながら思っていたのが、もう2年も前になるんですね。

名前探しの放課後(下) (講談社文庫)

名前探しの放課後(下) (講談社文庫)

久々に『凪のあすから』を見直す私の心境

凪のあすから』の木原紡くんは、私のなかで2番目に好きな男の子です。(1番は桐生くん)

物語のなかで1番女子にモテているのは主人公の光ですが、私は要と紡くんで揺れて、最終的には紡くんで落ち着きます。


要はなぜ紡に勝てないのか?

運が悪かったから?

運命?


私的には年下との交際はアリ。
でも、やっぱり紡くんがいい。

決定的な違いは、口数かな?

ストレートに自分の気持ちを伝えることのできる要と、言葉が足りず誤解されやすい紡。

私はなぜか、後者の方が好きなのだ。
気持ちがおもてに出にくい人のことを、少しずつ理解していくプロセスが楽しいから。
そんな人に好きだと言われたらより一層嬉しい。


個人的には1クール目は正直あんまり面白くなくて、惰性で見ていたのですが、

まさかの2クール。紡くんが一気に巻き返し、私はとしおに内緒でこっそり抜け駆けし、同じ回を何度も見ました。

ひとつ屋根の下で、同級生の男女(イケメンと美少女)が同居することになるという少女漫画的シチュエーションにドキがむねむね。

主人公とヒロインを差し置いて本編を楽しませてくれたふたりをもう一度見たい。何度でも見たい。


その気持ちの背景にあるのは、
自分には後にも先にもこういうことはないんだなぁという虚しさ。

イケメンと恋をする、なかったわけでもないのだけれど、今はもうないわけで…

2次元の作り話ではあるけれど、こういうのを見ると、私は間違えてしまったのかな?と深く後悔しそうになります。

じゃあ見ない方がいいんじゃないかって、
きっと正常な人ならみんなそう言うでしょう。

でも、自分にはないものへの憧れというか、
自分のことじゃないけれど何かキュンとしたい気分になることってありませんか?

不倫や浮気を実際にしてしまったら罪だけれど、
アニメを見て好き勝手に何かを感じたり妄想したりするのは許される。


ときどき、懐かしいあの名前を、声に出して呼びたくなる。

昼なのに陽が射さず暗いままの畳にゴロンと横になったとき。
娘が眠っていて、シーンとしているとき。

思わずコロッと呟いてしまったときには、きっと、
何度も何度も呼びたくなって、そのうち叫びたくなって、うわーんと大声をあげて泣きたくなってしまうかもしれない。

明日また、東京に帰る。
それがすごく楽しみで、ホッとする。

畳の部屋に布団を2枚敷いて、妹と、娘と、私の3人で眠る。

としおが、妹に替わるだけ。

たったそれだけで、私はホッとしてしまうのだ。

朝、陽射しと共に目が覚めてひとり、もしくはふたりで早起きするとき、一瞥する顔が、私の気配に全く気づかずに眠り続ける妹だというだけで安心する。

コンパクトにまとまったリビングにいるとき、私は怒らない母でいられる。

また、戻れる。
その安心感。



一方で、もう戻れないものもある。

凪のあすから』2クール目は、要にとっては特に残酷だ。

ひとりだけ年をとってしまったちさきと、
眠って小さなままの要と、
ちさきと共に年を重ねてきた紡。

共に眠っていたとしたら?
共に起きていたとしたら?

そんなことを考えてしまったら、もっと、もっと苦しくなる。


だから、私も、後悔はしているけれど、このまま進む。

たぶん。

Mommyからお母さんになれた日 1歳11か月のみーみー語録

一昨日から、みーみーは私のことを時折「お母さん」と呼ぶ。

 

1歳11か月ほやほや。

まさか、こんなに急におしゃべりが上手になるなんて思いもしなかった。

 

1歳8か月のとき、2か月早く生まれた子たちが「ドキンちゃん」とか「アンパンマン」とか流暢に長い単語を使っているのを聞いて、2か月後に自分の娘がそこまで発達するとは思えず、複雑な気持ちだったのをはっきりと覚えている。

 

でも、1歳10か月、本当に突然、彼女は饒舌になった。

「まん!」と呼んでいたのが、「アンパンマン!」と言えるようになったと思ったらすぐに、動詞もどんどん増えていき、いつの間にか会話ができるようになっていた。

 

私やとしおだけでなく、じじばばへの受け答えも一丁前。

 

面白い。

 

食事中。

「いらない!嫌い!」

「足りない。もっと。お豆!」

 

憎まれ口も許しちゃう♡

 

 

何の前触れもなく突然。

「やったーやったーいえーい!」

「みんなにー食パンーくーばるーためー」

「愛と勇気だけ―がとーもだちさー」

「hello hello what's your name?」

 

何気にバイリンガル

 

 

自分の服や通販のカタログを見て

「ラブリー」

「きれいね」

「かわいいね」

 

意外とモノトーン好き。

 

 

絵本の寄り道も楽しい。

見開き1ページで何分も楽しめる。

 

かえるを見つければかえるのうた。

はちを見つければぶんぶんぶん。

 

さかなは、

Hey future fish~目覚めながらdreaming~ (Free!)

 

ライオンは、

「なめーあってーも ラーイオンーは つーよいー」(マクロスF

 

お外ではアニソンを求めないでほしい母です。

 

 

やっぱり、

1番嬉しいのは、「お母さん」と呼んでもらえるようになったこと。

 

自分の親を「お母さん」と呼んだことがない私。

 

私にとって「お母さん」は「ママ」よりも高貴な、重みとありがたみのある敬称なのです。

 

「お母さん」と呼ぶみーみーは、別にそんな尊敬の念を込めているわけではないのだけれど、それでも嬉しい。

 

「ママ」が主流の世の中だから、

「お母さん」という単語を聞くと、昔より一層一目置いてしまう。

 

小さい子が、舌っ足らずに「お母さん」と呼んでいるのを聞いて、

ずっと憧れていたから「お母さん」という敬称。

それに見合う母になろう。

 

「もうすぐ2歳だね。」と語りかけると、

「1歳!」と念を押すみーみー。

そんなに年を取りたくないのか?

 

どんどん成長していくみーみーだけれど、

ただ一つ、私が気になっていることは、

遊びに対してあまりに受け身であるところ

 

クレヨンを持っても、色鉛筆を持っても、

自分ではあまり描こうとせず、

描いて!と要求するばかり。

 

どうやって促せば、自分の頭で考えて、自分の手でやってみるという楽しさに没頭できるようになるだろう?

 

これが今の親としての課題であり、子どもへの思いです。

もっと知りたい、もっと見たい、親の欲とも言えるかな?

 

 

「不安定」な時期にいる人、そんな人を支えたいと思う人へ / 森絵都『リズム』

 

自分が本当に好きなこと、やりたいことがわからない。

そんな「不安定」な思春期が、私にはあっただろうか―

 

 

なぜだろう?

私は春になると突然、森絵都の作品が読みたくなります。 

中学2年生のときに、『カラフル』を読んだことをふと思い出し、

そういえば他の作品ってほとんど読んだことがないなぁと気がついて、

図書館で借りてきました。

森絵都最初の作品、『リズム』

リズム (角川文庫)

リズム (角川文庫)

 

 主人公のさゆきと同年代の子どもたち、

中学生に読んでもらうことを想定して書かれた本だと思います。

 

れっきとしたアラサーの私は1時間半くらいで読み終えてしまいました。

 

一言でこの作品を説明すると、

自分の好きなこと、やりたいことがよくわからなくて、

誰かに依存してしまいがちな思春期の子どもたちへのエール です。

 

焦らなくても大丈夫。

まわりのことが気になって

自分がメチャクチャになりそうなとき、

心の中でリズムをとるんだ。

まわりの音なんて関係ない

自分だけのリズムを――。

 

自分の子どもが、進路や人間関係、生き方に悩んでいるなぁと感じる大人に、

ぜひ手に取ってもらいたい作品です。

 

「読んでみたら?」とプレゼントするのも良いですが、

一緒に読んで、自分の昔を振り返り語るのも良いのではないでしょうか。

 

 

ちなみに、中学1年生の私は、さゆきとは全然違うタイプでした。

 

同じクラスになりたいと思っていた子と違うクラスで始まった新学期。

少し憂鬱で、ふてくされて、ため息をつき、むすっとしながら担任になる先生の話を聞いていました。

でも、その先生は、そんな私を、「頷きながら話をしっかり聞いてくれる生徒」だと思っていてくれたようです。

そして、その先生は、今でも私の中で1番大好きな先生です。

出だしは不満たらたらだった私ですが、クラスで孤立することもなく、平和な学校生活を送り、大きな悩みもありませんでした。

 

 

小学生の頃は、先生との衝突も多く、それゆえ(?)成績もパッとしなかった私なので、自分が賢いと思ったことはなかったけれど、中学に入ってからの成績は常に1桁。

 

「え?私って頭いいの?」

ただテストの点数が良いだけだったのに、

努力すれば何にでもなれるんじゃないかって思い込んで、

それ以来、勉強が大好きになった。

やればやるほどますます成績も上がって、

大きな夢を持って、それに向かって真っすぐ生きていた。

 

だから、中学時代の私には、森絵都のいう「不安定さ」はなく、

この作品に共感できる部分は少なかった。

 

若くて幼くて、世界を知らない分、

自由に大きく夢を描くことができたという意味では、人生で最もお気楽な時期だった。

 

私は中学時代の、真っすぐでポジティブで努力家な自分がすごく好きで、

何度も何度も、あの頃の自分に戻りたいと思った。

 

人間が嫌いになって、学校が嫌いになって、やめてしまえばよかったのにやめることもできず、楽をしてその場を乗り切るというスキルだけが長けてしまった高校生の私は、それから今日までずっと、私の大部分を占めている。

 

 

人生における「不安定さ」というのは、時期も中身も人それぞれだけれども、

その「不安定」な時期に、支えになってくれる誰かがそばにいるかどうかということが、その人の明暗を分けるのではないかと私は思います。

 

主人公のさゆきには支えになってくれる人がいたけれど、私にはいなかった。

 

今更自分自身の境遇を悲観するつもりはないけれど、

私は、少なくとも自分の娘の支えにだけはなりたいです。

私が本をたくさん読んで集めて、娘がいつかその中のいくつかと出会って自分自身の人生を切り開いていくことができたら本望です。

 

さて、さゆきは今後どのような人生を送るのでしょう?

続編もあります。

 

ゴールド・フィッシュ (角川文庫)

ゴールド・フィッシュ (角川文庫)

 

 

ちょっとした息抜きに読んで、自分の人生をぜひ振り返ってみてください。

 

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