ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

「残酷な世界」で後悔しない人生を送るには?『進撃の巨人』マルロ・フロイデンベルクの末路から考える

こんばんは☆母ブロガーのKoriです。

 

今回は『進撃の巨人』の話。

マルロ・フロイデンベルクをご存知でしょうか?

 

アニ・レオンハート、ヒッチ・ドリスと一緒に憲兵団に入った、カリメロ頭の真面目くんです。

憲兵団が腐っていることを知っていて、それを正すために自分は憲兵になった、と言っていた彼です。

安全で快適な内地で暮らしたいから憲兵になりたかったウマヅラのジャンとは雲泥の差。マルロは、ジャンみたいな奴を正すために憲兵団に入ったのです。

でも結局、マルロはその選択が正しくなかったことに気がつきました。

どこまでも自分の中にある善に従って生きる男でした。

憲兵であることを利用して、スパイとして働き、調査兵団に協力します。

その後は、調査兵団に移籍し、新兵として“自分の使命を全うし、壮絶な戦死を遂げました”。

 

私はマルロの死が、『進撃の巨人』の中で最も残酷だと思うのです。

マルロ・フロイデンベルク、このフルネーム、唯一紙を見ながらでないと言えない名前でした。

でも、マルロの死後、私はこのフロイデンベルクという下の名前を忘れなくなりました。

名前がしっかり刻み込まれて忘れられなくなるほど、私にとってマルロの死はショックだったのです。

ハンネスさんが死んだときは、フラグが立ち始めた時からもう泣きそうでしたが、マルロは正直、思い入れのあるキャラクターではなかったので、マルロの死に衝撃を受け、こんなに引きずっている自分自身にも動揺しました。

 

マルロの死が教えてくれる世界の残酷さについて考えてみました。

 

 

1.真面目な人間ほど損をする世界

マルロは本当に真面目な人間。自分の中にある「善」に従い、「正しい」行動をする。

自分に与えられた使命は責任をもってこなす。決して逆らわず、逃げない。

巨人が人類の存続を脅かす絶対悪であるとすれば、マルロは誰が見ても良い人間。

しかし、良い人間であるがために、命を落としました。

 

もし、調査兵団への移籍を志願せず、憲兵でいることを選んでいたら、マルロは死なずに済んだでしょう。

一方、憲兵としてマルロとともに調査兵団に加担していたヒッチ・ドリスは、調査兵団に移籍せず、命を危険に晒すことを回避しています。

 

真面目であればあるほど、良い人間であれば良い人間であるほど、「自分を守る」ための選択ができない。

そして、「自分を守る」ための選択ができない人は、損をすることが多い。

これは、巨人のいる世界だけの話ではなく現実にも言えることですが、自分勝手な人ほど思い通りの結果が得られて良い思いをしている、真面目な人から見れば、これはとっても残酷。

 

2.自分の選択に後悔しながら死んでしまった

特攻しながら、マルロは自分が死に向かっていることをぼんやりと悟ります。

ヒッチは今頃何してるかな…寝てるか…

ああ…いいな…

 

「善」に従い自らの意志で選んだ行動を、きっと後悔したでしょう。

自分の選択を正当化する前に、彼は落石で死にました。

 

誰かが自分の命を懸けて闘っている間、のんきに寝ている人間がいるとしたら、マルロはそんな人間を許さないと思う。

でも彼は、のんきに寝ていられる人間を最期に羨ましいと思ってしまったのです。

自分で選んだ自分の死に納得する猶予がなかったという残酷さが描かれています。

 

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自分の命より大切なものを持っている人はほとんどいない

巨人のいる世界では、人類の存続が今ある自分の命より大切であるという価値観が存在しています。

これは、私たちの現実にはない「残酷さ」。

この価値観の下にいたら、真面目な人間は自分の命を捧げる覚悟で闘うでしょう。

でもやっぱり、死ぬのは怖いし、どうして死ぬ人間が自分じゃないといけないんだろうって、思わずにはいられない。

他の人間ではなく、自分が犠牲にならなければいけないこと、これに納得できる人間なんて、ほとんどいないはず。

マルロもきっとそうでした。

正しくありたいと思い、その信念に従ってきたけれども、あまりにもあっけない死を遂げることは、受け入れることができなかった。

 

自分の命より大事なものを持っている人なんてほんの一握り。

自分の命を守る選択をしないと後悔するということに、死ぬ直前まで気がつけなかったマルロ。

何が「正しい」道なのか、わかっていながら選ばなかったヒッチ。

 

自分の中にある「善」が絶対に「正しい」ということはないのだ。

「善」は揺らぐ。「正しい」も揺らぐ。

どう考えても、自分の命を守れた人間が勝ちだ。

 

世界は残酷だ。だから、もっと正直に生きよう。

人類の存続のため、人類の未来のため…まだ生まれていない誰かのために命を捧げる必要性に、疑問を投げかけたっていい。

安全で快適な暮らしを望んで当然だ。

自分の命が大切なこと、死にたくないという気持ち、捨てなくたっていい。

生存者には、「命を捧げる」よりも、「自分は生き残る」という気持ちで闘ってほしいと思う。

 

人類の未来に命を捧げる必要のない私たちは、もっと素直に生きていいんだと思う。

自分自身が不平不満をいう必要のない選択をした人間が幸せになれる世界。

自分の幸せは、それぞれ自分で作っていけばいいんだから、誰かのために自分が我慢する必要なんてない。

世界が残酷だと思うなら、それは、自分の選択が間違っているからだ。

マルロの死はそれを物語っている。

巨人と闘う必要のない私たちの世界は、残酷ではないのだ。

 

「もし、自分ではどうすることもできない理不尽さや困難に直面したら、人間は何を考え、どう動くか?」

 

そんなことを想像する必要性も全くない世界に私たちは生きている。

自分が納得できる選択をして生きよう。