ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

辻村深月『ツナグ』本当に死者と会いたいと思うか?

映画化もされたこの作品。
まだ映画は見たことがないのだけれど、辻村さんらしくないなぁというのが第1印象でした。

藤子・F・不二雄先生が大好きな辻村さんの作品は、Sukoshi FushigiなSF作品が多いけれど、死者に会うという物語は、あまりにベタすぎるのでは?と思ったのです。

ツナグという使者を通した、複数のストーリーがつまっている作品で、会えて良かったと思う生者と、逆に苦しむことになった生者に、さまざまだったけれど、ほとんど共感することができなかった。

私には、会いたい死者なんていません。
アラサーなので、知り合いの死をいくつか経験しています。今日もひとり、妹の同級生がお亡くなりになったという話を聞いて、大きなショックを受けているところなのです。

そして、私のじいちゃんも、もう生きているうちは自分の家に帰れないだろうと聞かされました。

自分の身近な人が死んでしまうということは、確かにショックで、頭から血がスーっと抜けていくような、そして、喉から心臓が急に冷えきって目の前が真っ暗になるような感覚に陥ります。
悲しみ以上に、不安や恐怖が込み上げてくる。
それは私にとって、最も避けたい感覚です。


死者を呼び出し、一晩語り合う時間を持つ。

私はそれ以前に、自分が呼び出したいと思う死者を持つことがとても怖いです。

だから、会いたいと思う登場人物たちに共感できないのでしょう。


感想を一言で言うなら、

死んでしまってから会いたくなるような人間関係をつくらないように生きたい。


学生時代、忘れられない講義があります。
それは、教育哲学に関する講義でした。

教授が言いました。

「20年後、30年後には、この中の何人かはもうこの世にはいないでしょうね。残念ですが、私も、もう何人も同級生を亡くしています。」

私は、この一言があまりに恐ろしくて、そのときの授業内容を全く覚えていません。

この講義を受けていた学生のほとんどは20歳前後のはず。
その中の何人かは、40歳から50歳の間、定年前に亡くなるのだと言われたのはショックでした。

それは私かもしれないし、他の誰かかもしれない。
その授業には友達がひとりもいなくて、私はひとりで聞いていたから、それが自分ではない限り、私は実際どうなるのか知ることはないでしょう。

でも、自分が長生きしたとき、「あぁ自分じゃなくて良かった」とホッとするだけでは済まない。

きっと、思い出して、あのとき居合わせた名前も知らない誰かを思い、震えるでしょう。

あの教授は、あんなことを言うべきではなかった。

誰でもいつかは死んでしまう。
それが、本人もびっくりするくらい早い場合だって確かにある。
でも、誰かの死が常に頭を掠めていたら、怖くて苦しくて、生きていられないじゃないか。


どうして辻村さんはこの作品を書いたのだろう?

私は妹に尋ねた。

「うーん…万人ウケする話も書いてみたかったんじゃないの?」

そうなのかな?

腑に落ちない。

ツナグ (新潮文庫)

ツナグ (新潮文庫)