ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

桜の咲き始め、永久の別れ

だでぃに会いたいというみーみーのために、
予定より1日早く帰宅したけれど、
東京から帰ってきてすぐ、
じいちゃんが死んだという連絡が入った。

冬の寒さがいつまでも居すわって離れず、
東京にしては珍しく、4月なのに桜がほとんど咲いていない重苦しい日々に耐えて耐えて、やっと晴れ間が覗いた今日、じいちゃんは逝ってしまったらしい。

偶然にも、クレヨンしんちゃんのじいちゃんばあちゃんの如く、私の両親が東京に遊びに来ていた。

朝の10時に、じいちゃんの病院に寄ってから帰ると言って出ていった。
みーみーの動画をたくさん撮って、病院で見せると言って持っていった。

お昼過ぎに病院に着いたときは生きていたらしい。
病院を出た頃も、まだ生きていて、ほんの数時間後のことだったらしい。


今、私は何を思っているか。
涙は出ない。
悲しいかと問われると、正直、よくわからない。

悲しくて、ショックで立ち直れなくなるほどの付き合いはなかった。

年に1回か2回くらいしか会いに行くことはなかったし、部活を言い訳に、中学生になって以降はほとんど顔を出さなかった。

ある年を境に、じいちゃんは急に年をとった気がした。そして、口数がどんどん少なくなり、ときどき口に出す言葉はあまりに毒が強すぎてここには書けない。そんな言葉が、認知症の症状だと後に知った。

たったひとつだけ、忘れられない思い出がある。
じいちゃんの家に遊びに来ていたある晩、じいちゃんに呼び出されて、
「明日は吊り橋を渡りに行く。度胸をつけないとダメだ。」
と言われた。

早起きして、張り切って出掛けたものの、私は途中で泣いた。真ん中で動けなくなった。

何かに掴まりたいけれど、端に行くと下が見えて足がすくむし、真ん中は揺れる。

どうやって渡りきったのか、全く覚えていないのだけれど、あれ以来私は、吊り橋だけはどうしても渡ることができない。

じいちゃんは棟梁だった。
神社の修復もやって、感謝状をたくさんもらっていた。だから、高いところは平気なんだな。

『天の瞳』の主人公、小瀬倫太郎のじいちゃんと同じだ。

じいちゃんの仕事の成果は、これから先もずっと残り続ける。

「あれもこれもじいちゃんが直したんだ。」

前にばあちゃんが教えてくれた。


誇りを持って仕事をすること。
私はまだ、そんなふうに仕事をしていない。
ひとつの仕事を必死になってやり遂げ、対価を得ること。
それは、大人として当たり前のことかもしれないけれど、情けないことに、私はできていない。
今、それを成し遂げたいと思うのは、じいちゃんの存在があるからだ。


事故や災害で、全く知らない誰かが亡くなってしまったというニュースを見たときのような強い衝撃や、やり場のない悔しさのようなものはない。

遠く離れたところで、ろうそくに灯っていた火がぽぉっと静かに消えてしまったのを、ここで確かに感じて、受け止めている。

私には、じいちゃんの気持ちはわからない。
もっと生きたかったかなぁ、それとも、生き尽くしたかなぁ…
なぜか、後者なんじゃないかと思う。

静かに、安らかに眠ってほしい。