ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

懐かしさの先にあるものは?

懐かしい風景が見たくて、気まぐれで母校へやって来た。

土曜日だから?にしてもあまりに閑散としているということは、もしかして、授業がないのか?

電車に乗りたいというみーみーを抱いてやってきたけれど、寝てしまった。騒がしい風を避けるべく、屋内のベンチに座り、ひとり物思いに耽るタイムだ。


今日は朝から怒りすぎてしまった気がする。

身体が痛いのに抱っこをせがまれる、嫌だと言っても聞いてくれない。

葉物野菜を嫌って食べない。
欲しいものばかり要求する。

触ってはいけないと教えたものを触ろうとする。

歯磨きをしない。口をすぼめてねがえり攻撃。


やるべきことをやらないとき、

他人の嫌がることをするとき、

交通ルールを破ったとき、

危ないことをしたとき、

私が怒るのは主にこの4つのどれかをやったときだ。


みーみーは、
外ではあまり悪いことをしないのだけれど、

例えば
お店のものを勝手に触ったり、
買ってと駄々をこねたり、
友達のものをとったり、

私以外の人間に迷惑をかけてはいけないことはよくわかっている。

でも、欲求不満が重なってしまうと怒られるポイントを踏んでしまう。

抱っこして!と
横断歩道の真ん中で座り込もうとしたり、

いざ
抱っこするとやっぱり歩くと言って降りようとしたり、

歯磨きすると言ったくせにやっぱり逃げて、嘘つきになったり…

まだまだそんな、彼女の寄り道に気長に付き合う器ができていない母です。


葉物野菜、どうしてそんなに食べたくないんだろう?何もかけなくてもムシャムシャ食べられる私は、どうしたら食べられるのかわからない。

ゴマをかけてみた。
ゴマだけ拾って食べる。

ごま油をかけてみた。
おいしくない、嫌い、要らない。

塩でもふれば食べるかな?
でも、そうまでして食べさせる必要があるのか?

葉っぱを食べるまではいちごもトマトもあげないし、相手にもしないよ!と1歳児にはキツすぎるかもしれないことを言って、別室に籠りながら考えた。

今って確か、学校給食で嫌いなものを無理矢理食べさせるのも体罰って言われるんだっけ?

そうじゃなくても、私はやり過ぎかもしれないなぁ。

自分からおいしいって食べられるように工夫するのが親のつとめじゃない?


うーん…私はどうしてここに来たのだろう?

来た意味は、収穫はあったかな?
本当なら少し外を歩かせて散歩できたらなぁと思っていたけれど寝ているし…

変わらないもの、変わったもの、半々くらいかな?
でも、
あれ?前はどうだったかなぁ?って思い出せないこともたくさんあって…

共に過ごした人が、誰ひとりとして残っていないこの場所は、以前私が通っていた場所とは全くの別物だ。

懐かしさを求めた訪問は無駄なのかもしれない。
今日唯一の学びはそれだけだ。


曇り空のせいかな…今日はなんか、寂しいな。

帰りの電車でゆっくり眠れば、少しは元気が出るかな?


そんなふうに、30分くらいぼんやりしていたら、
失礼承知で突然連絡した友達が、会いに来てくれた。

そういえば、こんなふうにふたりだけで話すのってすごく久しぶりじゃない?

本当に、学生時代以来かなぁ。

連絡してふたりで会うのは初めてかもしれない。

入学した年から10年。

変わらないようで、私達はみんな少しずつ変わっているのだと思う。

20代最後の年というのは、人生のなかでも1番迷う時期なのかもしれない。


迷ってたどり着く先に何があるのか、
何があってほしいのか、

懐かしい場所に戻って、1度立ち止まると、

「ここ」じゃないというのがよくわかる。

ここから、どこへ?

悩み尽くそう。