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ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

「自分でやりたい」を引き出す育児

「やってみたい」「やりたい」よりも、

「やって!」が多いみーみー。

できなくても怒らないのに、

「やってみない?」と言うと

「やらない、やって!」が返ってくる。

特にお絵描き。

見るのは好きだけれど、自分で描く楽しさはまだ知らない。


「やりたい」を聞き漏らさないように、

できるだけ叶えてやれるように機会や環境を与えたいと思っているのだけれど、なかなか難しいのです。


今日のやりたかったこと、砂遊び、水遊び。

とことん付き合おうと決めたけれど、あっという間に服がびしょびしょ。

これが真夏ならなんてことない。

でも、今日は風が冷たい。

「着替えをしてからまた来よう」

納得しないみーみー。

「風邪引いちゃうよ」

気が進まない様子。家とは反対の方向に歩き出す。

「風邪引いたら誰が面倒見ると思ってるの?大変なのは誰なの?」

私だ。

気が短い私は、こんなことを言う。

すると、仕方なくうなずいて、家の方へ歩いていく。

最近、こんなふうに、自分以外の誰かについて語るとすんなり事が進む。

この服は着たくない。

「おばあちゃんが買ってくれたんだよ。」

!
「着る!」

「この野菜はパルシステムのお兄さんが持ってきてくれたんだよ。」

ニコ
「食べる」

素直でかわいく育ってくれていると喜ぶべきか、
少々厳しすぎるのでは?と考えるべきか、

育て方、迷うなぁ。


絶対に許さないことは、危ないこと、他人の嫌がること。大きく言えばこの2つ。

やめてと言ったとき、3回目でやめなければ怒る。
相手にするのをやめる。

嫌な思いをしているという意思表示をしているにも関わらずやめないのは、他人の嫌がることをしていると見なす。

マナーやルールを守ることは、他人に嫌な思いをさせないための最低限の義務だと思っている。

交通ルール、食事のマナー、身支度や身だしなみをきちんとすることで、ケガの防止にもなるし、みんなと気持ち良く過ごすことができる。

服をきちんと着ないで走り回り、引っ掛かって転んだときには同情しない。

自分で蒔いた種だよ、と教える。

そんな私は冷たすぎるだろうか?


やりたいことはやるべきことをやってから。

遊ぶ前に、着替え、洗顔、歯磨き、トイレを済ませること。
外で遊ぶ前に、掃除、洗濯、食器洗いなどの家事を一通り済ませること。

私はこれを当たり前にしたい。

子どもに合わせて家事を後回しにしているお母さんもたくさんいるのだろうけれど、そして、そういうお母さんの方が望ましいのかもしれないけれど、私はそういうお母さんにはなれない。

自分のことは自分でやる、が基本だと思っているので、家事=母の仕事、やってもらうのが当然だと思ってほしくない。

強制はしないけれど、洗濯物の干し方を教えてやらせてみる、掃除機を使わせてみる。

私一人でやった方が早いし、上手にできないけれど、できた!という感覚を少しでも身につけて、少しずつでいいから生活力をつけていってほしい。

こうしたい、自分なりの考えを持って、それに沿ってやっているけれど、私はカリカリしているし、「やりたい」はうまく引き出せないし、少し軌道修正が必要だと感じている。

意見をもらいたいな…


たんぽぽを摘む。

ポケットに入れて、と言われて、ポケットにしまう。

綿毛になれず、「あいたい」という気持ちを満たされることなく生涯を終えた黄色の花を少々気の毒に思いつつ、娘の遊びに付き合う。

今日は、綿毛飛ばしに没頭した。
息を吹きかけて飛ばす力がないから、手でむしって風に乗せる。
すぐ足元に落ちるもの、遥か遠くに旅立つもの、さまざま。

それぞれ、運命を風に任せて受け入れ、生きているその花を見ながら、世界で1番きれいな花はたんぽぽなんじゃないかとふと思った。