ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

子どもは親の成績表、子育ては常にテスト

今週のお題「テスト」


子どもは親の成績表、私自身は、私の両親の成績表であって、私の娘は私の成績表だと思っている。

子育ては常にテストだ。

子どもが悪いことをしたとき、どのようなアプローチをするか、親の力量を子どもは見ている。


「ああ、あなたは怒鳴ることでしか、私を止められないのね。」


感情的になってしまったとき、なりすぎてしまったとき、我が娘はそんな顔をする。

自分が悪い、怒られて当然だとすんなり納得したときは、素直に罰を受け入れる。


子育ては正解がないから難しいとよく言うけれど、
自分の回答が模範解答でなかったことくらいはわかる。

自己採点の結果が悪かったときの自己嫌悪は半端ない。


親と子は、別の人間であり、それぞれの人生があるので、親に自分への責任を求めることも、自分に子の責任を課すことも、どの程度必要なのかということに関してはよくわからない。

でも、産んだ責任は確かにある。だから、私は、見返りを求めることなく、当たり前のこととして食事を提供し、お風呂に入れ、おむつを取り替え…生活に必要な最低限のことだけは必ずこなしている。

これより大変なことはないのだけれど、私は娘に、感謝してほしいとは思わないし、自分の下の世話をしてくれたことに対して母親に感謝することもない。それは、親として、産んだ人間として当たり前の、責任だから。


子どもが評価するのはそこではない。

結局のところ、子どもが親に与える成績表というのは、心からの感謝だ。

子どもが大きくなってから、自然に感謝してくれて、親孝行に努めたがる人間に育ったのなら、それは最高評価。

逆に、感謝の気持ちが芽生えることなく、いつまでも集ろうとする寄生虫になってしまったら落第点。


感謝される親になること、それは、親としてみんなが目指すべき目標である。しかし、感謝してほしいと思うだけの子育てでは、必ず失敗する。


どんなふうに育ってほしいか、ビジョンをしっかりもって、そのために自分はどんな親になって、子どもにどんな働きかけをしようかと試行錯誤しつつ、子どもの気持ちを理解し、支えになるよう努力すること、学び続ける姿勢が大事だと思う。


失敗、後悔、つまずきの連続で身も心もぼろぼろの私には偉そうなことは言えないのだけれど、私は、子どもに対する責任から逃れたくない。

自分と四六時中一緒にいるよりも、保育園に預けるというアウトソーシングを利用した方が、娘は良い方向に伸びるのではないか、と思う一方で、そこへ流れてしまうことで、自分自身が成長する機会を放棄してしまうことになるのでは?とも思う。

いや、やっぱり親と少し離れて、自分の力でどうにか乗り越えるという体験を重ねた方がたくましくなるのでは?少し離れた方がお互いを大切に思いやれるのではないか?

それって、育児疲れからの逃亡じゃない?働きたいから預ける人とは訳が違うよね?成長をもっと見守りたい気持ちもあるでしょ?本当にやりたいと思っていることは何?


さて、ここからが問題です。

問1
あなたは育児を誰のためにやっているのですか?

自分のため?子どものため?


問2
本来育児とは誰のためにやるべきものですか?

自分のため?子どものため?


問3
問1と問2を踏まえて、今後の育児と自分の生き方の方向性について述べなさい。



私がつまずいているのはこの3つの問。

自信を持って答えられる方はいるでしょうか。