panda life

白も黒もどちらも私。20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。

自分に課した3つの問いに答える

 昨日書いた記事。

 

yu-andmi-104.hatenablog.com

 

私は自分に3つの問いを課した。

 

問1
あなたは育児を誰のためにやっているのですか?

自分のため?子どものため?

 

問2
本来育児とは誰のためにやるべきものですか?

自分のため?子どものため?

 

問3
問1と問2を踏まえて、今後の育児と自分の生き方の方向性について述べなさい。

  

 

今日は少し、今の自分の答えを書いていきたい。

 

問1 

誰のため?と問われたら、子どものため、と答えたいけれど、実際にそれができているか考えると、自信を持って「子ども」と答えることができない。

 

しかし、「自分のため」というのもしっくりこない。

歯みがきも、オムツも、お風呂も、きちんとしてほしいものを無理にでもやらせる理由を考えると、「自分のため」ではない気がする。

 

それらをしないことによって困るのは私ではなく、娘だから。

虫歯になって痛いのも、オムツかぶれで痛いのも、垢だらけでかゆくなるのも、全部娘。

 

私は、自業自得、ざまあみろで済むのだ。

…?あれ?やっぱり自分のため?虫歯になった娘を病院に連れて行くのも、オムツかぶれの薬をもらうために医者に連れて行くのも、悪臭を放つ娘を連れて歩いて白い目で見られるのも私で、私はそんな不利益を被りたくない。

 

結論、娘が将来困らないようにしつけることは、産んだ自分の責任であり、後に自分が不利益を被らないために必須なのだ。

今、娘に対して手を抜いたら、将来そのツケが全部自分に返ってくる。私はそれが怖いから、それを回避するために子育てをしている。

私は、自分を守るための子育てをしている。

 

 

問2 

子どものための子育てをすべきだと思う。

子どものための子育てとは何か。

私は、親のエゴを押しつける子育てに走らないよう気をつけたくて、この問いを立てた。

 

子ども主体の子育てをしたい。子どもの「やりたい」を尊重したい。

子どものための子育てとは、子どもの主体性を軸にした子育てだ。

 

しかし、何でもかんでも子どもの主張を聞き入れる子育てをしたいのではない。

「遊びはやるべきことをやってから」が私のモットー

トイレ、着替え、歯磨き、食事、身支度など生活全般をテキパキこなすこと、けじめとメリハリを私は求める。

食べながら遊ぶことはもちろん許されないし、身支度が済んでいない状態で「あれやって」「これやって」は聞き入れない。

 

他人の気持ちを察しろという難しいことは言わない。でも、「やめて」「嫌だ」と言われたことをやるのは許さない。他人の嫌がることをやってはいけない。

「他人を大事にできない人は自分も大事にしてもらえないよ。」は2歳児には難しすぎるとわかってはいるけれど私の口癖。

 

あとは、生活力、想像力、創造力の3つの力をつけてほしいという願いを持って子育てに取り組みたいと思っている。

 

 

問3

問2のような子育てをするためには、子どもに期待するより先に自分が成長しなければならない、子どもに偉そうな口を叩けるほどしっかりしていなければならないと思っている。

 

残念ながら、私にはその素地が育っていない。自分に足りないものが痛いほどよくわかっていて、それを今から埋め合わせたいと思うと、子どもに対して余裕がなくなってしまう。子どもと向き合う自信がないというか、子どもに対して、私は良い見本ではないから、今はまだ子どもの傍にいたくないと思ってしまう。

 

自分に欠けているものを、自分が欲しくて仕方がないから、それが欠けていることによって、自分が苦しい思いをしているから、娘にはその力を身につけてほしいという思いが根幹にあるのだけれど、ここからが難しい。

 

その方法をどうしたいか、という点で私はつまずいている。

 

その1

自分は良き見本となれないから、娘の良き先生を探し、鍛えてもらう。

 

その2

良き見本になるべく、親である自分がまず学び、納得のいく教育を施す。

 

 

どちらも極端な考え方で、でもちょうどいい真ん中を見つけることができずにいる。

 

 

娘のための子育てならば、間違いなく前者がいい。

 

母子が離れる時間を作れば、私にとってクールダウンになるし、娘も自分のことは自分でやらざるを得ない時間ができる。私はイライラが和らぎ、娘も怒られる回数が減って嬉しい。

 

娘にとって、娘をより成長させてくれる存在は、母よりも先生や友達だと思っている。

 

 

ではなぜ、すぐにでもその決断をしないのか。

 

やっぱり、私は心のどこかで、自分が成長するためのチャンスを子育てに求めているのだと思う。

娘と距離を置きたいと思う一方で、手離すことに寂しさと心残りも感じている。

 

 

これは良くない気持ちなのだろうか。

 

もう長いこと、こんな悩みを抱えていて、誰にも相談する機会もないままひとり行き詰まっている。

 

なぜそんなに焦っているのか、どうして早く結論を出したがっているのかというと、

 

幼稚園?保育園?自主保育?など、子どもの育て方に関する具体的なビジョンを立てることが、これから数年間の働き方を選んでいくために必要だからだ。

 

小学校に入るまでの幼児教育は、私が納得したうえで選びたい。親として絶対に後悔しない選択をしたい。それが、私の最優先事項なのだ。

 

子どもの主体性を尊重するという意味で、子どもとしっかり話し合って決めることができたらよいのだけれど、2歳児に真剣に尋ねてみたところで、気まぐれな答えしか返ってこないから、やはり親である自分が最終的には選択することになる。

 

迷わず答えを出せる日が来るのはいつになることやら。