ゆー and みー with104

20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。嬉しいことも苦しいことも笑いに変えて前向きに生きたい人へ。

「好き」の温かさと現実

初めてこの絵本を知ったとき、まずはこのタイトルに惹かれた。


どんなにきみがすきだかあててごらん (児童図書館・絵本の部屋)

どんなにきみがすきだかあててごらん (児童図書館・絵本の部屋)


「どんなにきみがすきだか」
自分で「これくらい」と表せないくらいの好き。
その「好き」を相手がすべて感じとってくれると信じてすべてを委ねるような、温かく、毛布で鼻をくすぐられたかのような感覚。


0歳の娘の傍ら絵本を開くのは、破られそうで怖くて、当時はじっくり味わうことができなかったけれど、朝も夜も、いつだって、静かに穏やかに「好き」を感じ続ける日々の幸せを感じた。



「好き」はとってもいい気持ち。
私は、ずっと、たぶんもう長い間、「好き」と感じられないことに苦しんできた。

吐き出したところで決して救われない、でもすべて出してしまいたい「嫌い」。

旦那のことを愛せなくなって、その愛せないという気持ちは、その人のためには何もしたくない、出したくない、できないという気持ちで、私はもう天国には行けないし、その何もしない報いがいつか訪れるという確信がある。

つまり、愛せない人と一緒にいるその先に、自分の幸せも、その人の幸せもないことがわかっている。

なのにどうして別れないのだろう。別れなかったのだろう。この気持ちにどう折り合いをつければ良いのだろう。


自分の気持ちに苦しみながら、私はほっこりとした「好き」に憧れと嫉妬心を抱いている。