panda life

白も黒もどちらも私。20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。

結婚記念日に思うこと

良くも悪くも、日が登るともう眠れない。
1日の始まりが不安でたまらなくて目覚めてしまう。
でも、眠くて辛いわけでもなく、コーヒーを入れてひとりのんびりする時間も悪くない。

なんというか、元気が出ないのだ。

そう、元気が出ない。
この言葉がストンと胸に落ちる感覚って、初めてなのかもしれない。

右から左に受け流すとか、一歩引いて構えるとか、心のなかでクスクス笑うとか、そういう余裕を持てない自分でいるのが辛いのだ。

大きい声で明るく話せる人達を失った孤独。
人間関係を1からつくるのって、そう言えば難しかったはずなのに、私はどうして、大丈夫、自分ならできると思っていたのだろう。

そんな今、生きることと死ぬことについて、深く深く考える。

たぶん、この小説の主人公よりずっとどん底まで考えている。


いちご同盟 (集英社文庫)

いちご同盟 (集英社文庫)


明日や明後日のことは、あまり考えたくないけれど想像できなくもない。

でも、5年後、10年後、20年後、30年後…今の自分の年齢に、大きな数を足してみたとき、仮に私がその分だけ生き続けているとしたら、いったい何人の死を悲しまなければならないのだろう。

だって、プラス10の時点で、現実的でない年齢になってしまう人もいるし、プラス20ならなおさら。
プラス30だと、私自身でさえちょっと危ういかもしれない。

私は生きていけるのか?
生に執着して生き尽くせるのか?

これから重ねる月日を思うとき、私はその時間を家族と過ごしたい。生きていてほしい、何としても生きろと強く思う。

でも、他の人にそれを求めるならば、自分も生き抜かないといけない。

共に生きるって、そういうこと。
苦しみを背負いながらも、自分以外の誰かを思って、生にすがりつくこと。

私は生きることへの執着がどうも薄くて、あまり自分を大事にできないのだけれど、娘や旦那だけに、苦しみや悲しみを残していなくなることだけは絶対にできない。

私が生きていることで、少しでもふたりが担う負の感情が減るならば、生いなければならない。

生きることに、義務と責任を感じている。

この気持ちが苦しい。


心臓を捧げよ!と言われ、いつ死ぬかわからない立場に置かれても、生きたい、死にたくないと思って必死になれる人間が、不謹慎にも、正直羨ましい。


ずっと誰かに守られて生きてきた、自分自身には生きる力がまったく備わっていないことを痛感し、途方に暮れる今日この頃。どうやって生きようか。


今日がいちおう結婚記念日だということを、旦那は覚えているのだろうか。これからしばらく会えない。私はどうしようもない妻で、何度も彼を苦しめてきたけれど、最近になってやっと、ありがたみがわかった。邪魔だと思っていたけれど、やっぱり大事だった。同じ部屋で、ゲームをしていてくれてもいい。どうでもいい雑談をすることもかなり減って、本当はもっと一緒にバカなことをやってみたいのだと気づいた。ありがたみを忘れるほど、空気のような、酸素ではなく窒素のような存在で、必要なのかわからないけれど、やっぱり酸素だけでは困る、そんな感じで、ずっと生きていてほしい。楽しく、元気に、生きていてほしいと願っている。

本人には直接言うことはないだろうけど。