panda life

白も黒もどちらも私。20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。

重松清『疾走』を読みきった感想

木陰の下、季節外れの紫陽花が、未だ鮮やかな青を保ったまま咲いている。

日に当たらないからこそ、生き延びた花たちは、何を思って咲いているのだろう。

長寿の喜びか、寂しさか。

雨に打たれてこそ美しいその花は、緑の木々によって暑さから守られてきたものの、輝きも潤いもないのだ。



重松清の『疾走』を読んだ。
しばらく、他の本を読む気にはなれない。

上巻は重く、下巻は怒濤のスピードで、走っていた。必死に。

最後まで読み終えたとき、彼は神様に死ぬことを許されたのだと思った。

これが彼の運命であり、彼もまた他の人間と「公平」であるがゆえの結末だったのだと、不思議なくらいすんなりと結末を受け入れてしまった。


疾走 上 (角川文庫)

疾走 上 (角川文庫)


死より恐ろしくて、死より苦しい世界を見た。

消えて欲しい、消したいと思うほど憎い人間がいたとしても、人を殺してはいけない。

死を罰にすることが、きっと1番の悪であり、人間の死は人間の手によって下されるべきではないのだ。

兄が犯罪者になってから、一家4人はひとりずつ壊れていく。子どもを守ろうともしない弱い両親には憤りを覚えるけれど、彼らは死んでも息子たちに償うことはできないし、恨みが晴れることもないだろう。

自分の不幸を誰かのせいにしてしまったら、もう2度と幸せになれない。だから、人間はみんな、どこまでも「ひとり」であるべきだ。「ひとり」であることを自覚しながら、他の「ひとり」とつながりたいと願い生きていく。人間にできることはこれだけ。


疾走 下 (角川文庫)

疾走 下 (角川文庫)


誰か一緒に生きてください。

下巻の帯紙に書かれた一言は、主人公の心の叫びだ。

会いたい人がいる。それが誰なのか知っていて、何としてでも会いたくて、会いに行って、それでも「誰か」名前も顔も知らない誰かを求めていた。


3人でお風呂に入るシーンが1番好きだ。
最後の、ほんのわずかの幸せな時間。
疾走の直前。




私は海を目指して走るのが好きだった。ひとりで、好きなように走るのが好きだった。NEWDAYSで飲み物を買って握りしめ、飲みながら海をひとり眺めて、公園のなかをゆっくり歩きながら家に帰る。「疾走」なんて無縁の人生だった。

生き急ぐこともなければ、競争もない、ぬくぬくとした自由の中で駆けていた。

だからまだまだ、神様の赦しは出ないだろう。


この本に出てきた神父と聖書に出会いたい。
沖が壊されていく様に、心を傷めていたに違いないのに、ほんのわずかの変わらない風を感じながら、いつも穏やかに、静かに待っていた神父さんに、私も会いたい。