panda life

白も黒もどちらも私。20代専業主婦の育児、生活、漫画と本の話。

幼稚園選び、宗教の影響力ってどれくらいあるんだろう?と考えてみた。

幼稚園なんてどこに行ったって大して変わらないと思っていたけれど、食わず嫌いでモノを言わず、価値観の合わなそうなものもとりあえず色々見てみようという姿勢を持つことにした私。

 

家からの距離など、実際の通いやすさをひとまず置いて、それぞれの園の特色を調べ始めて気づいたことがある。

 

 

そういえば、私立幼稚園って、特定の宗教の教えに基づいてやっているところが結構あるよね?と。

 

礼拝や讃美歌を歌うミッション系もあれば、私が通った園のように、座禅や花まつりなどをやる仏教系もある。 

 

どちらパターンでも、宗教を決め手にして通わせる保護者は多くないと思われる。ミッション系でも、ほとんどがクリスチャンではないというし、家に仏壇がある家でも、深い信仰心を持って生活している人は恐らく少ない。

 

宗教は、その園の特色の一部分に過ぎないかもしれない。子どもが特別それに関心を持たなければ人格形成に影響はないかもしれない。

 

でも、本当にそうなのかなぁ?と気になる今日この頃。

 

以前、幼少時代に見せられた地獄絵図のことを記事に書いた。

yu-andmi-104.hatenablog.com

 

大人になった今、地獄を恐れながら生活してはいないし、当時のトラウマは全くない。でも、仏教的な考え方は、間違いなく私の中にしみついている。

 

縁あって聖書を学ぶ機会を得て、自分の思考が、聖書の思想とかなりかけ離れていることを知った。

 

どちらの宗教が優れているとか、正しいとか、そういう問題ではないのだけれど、聖書の言葉ってすごく前向き。

 

願い事があるときだけ神頼みをしたり、苦しいときに神様を憎んだりすることがない。

苦しいことが起こるのは仕方がないこと、そんなときでも神様は傍にいて、共に苦しんでくださる。乗り越えられるように、支えてくださる。

光が見えたときは、神様に心から感謝し、再び祈る。

 

一方で私は完全に因果応報的な考え方をする人間で、自分が苦しいときは、いつか自分が誰かにした悪いことの報いだから、きっと私は救われないだろうと考える。

他人に嫌がらせをされたときは、いつかこの人は私に嫌がらせをした報いを受けるはずだ、と自分に言い聞かせ、倍返ししたいのをグッとこらえたり、こらえきれないときは、当然の報いだと知らしめるために倍返しを行使したり、挙句の果てには、2歳児の娘にまで、「バチが当たったねー」と言い放つ。

 

聖書のことばを読み、牧師さんとお話していると、物事の捉え方をちょっと変えるだけで、生き方も変わるということに気がつくのだ。苦しいときに神様の存在を感じ、報われたときに感謝する方が、なんだかとても心がキレイな感じがする。

 

 

自分の経験談から、仏教系よりミッション系にしよう!という単純な決め方はしないけれど、宗教を通してみる園の方針や考え方はしっかり見ていきたいなと思う。